スペシャルインタビュー

今回は、斬新な発想と卓越した理論で日本だけでなく世界から注目されているTaguchiスピーカーを製造している田口和典さんと、田口明容さんです。

田口和典
「音好き、楽器好きから、気付いたらPAの道へ。」

子供の頃からモノ造りと、音の出るものが好きでした。最初に手を出したのは無線。小学校の頃は音が出て話ができるというだけで嬉しかったものです。でも少し大人になってくると、それだけではつまらなくなってきました。

そんな頃に出会ったのが楽器でした。中学校の時にマンドリンの美しい音色を聞いて、これだと思って音楽を始めました。
高校になるとベンチャーズの影響でエレキギターブームが起きました。私もエレキギターはなんとか手に入れたもののアンプまでは手が回らない。当時は何十万もする外国製しかなかったですからね。
仕方ないので自分で作ってしまえというのが今に続く原点でしょうね。

バンドも面白いけれどアンプを作るのも面白い。普通ならここでオーディオスピーカー作りに向かうところでしょうけれど、根がみんなで楽しむのが大好きな性分なもので、一人で腕を組んで聴くようなオーディオマニアの世界には興味が湧きませんでした。

どうせならみんなが盛り上がれるような音づくりをしたいと思って、気が付いたら当時の日本はまだ業種として存在していなかったステージなどの音響を請け負うPA*の世界に足を踏み入れていきました。

*PA:Public Address(パブリック・アドレス)劇場、ライブ会場、屋外イベントなどで大衆に呼びかけるための電気的な音響拡声装置のことで、音楽を表現する上での大切な要素のひとつ。

「平面スピーカーの実現で、理想が現実に。」

当時はPA機器も海外のものばかりで、日本製というのはほとんどありませんでした。
私も仕事で使うものはそうした海外の製品が中心でしたけれど、どうしても納得できなくてだんだん自分で作ることが多くなりました。

最初の頃は、当時、鎌倉の実家あたりでヨット屋さんが最新素材として使っていたFRP(繊維強化プラスチック)なども使いました。
いろいろな素材、いろいろな構造を試しては失敗し、さまざまな試行錯誤を重ねて辿り着いたひとつの結果が平面スピーカーです。

平面スピーカーという方式自体はかなり昔からあり大手メーカーからもオーディオ用として製品化されましたが、当時の重い素材では理想的な音を出すことができず、結局ほとんどのメーカーが撤退していきました。

そんな中でもずっと平面スピーカーの可能性を信じていたのですが、近年になって素材がずいぶん進歩して、軽くて強いハニカム構造が作れるようになりました。
こうしてできた平面スピーカーは、ほぼ全域にわたって理想的な音を再現することができるので、設置空間に合わせてさまざまに組み合わせることで、理想的な音場を再現することができるんです。

「音を作るのではなく、音場を作るという考え方。」

40年以上にわたって、さまざまな環境で音響設計の仕事をしてきました。
その中にはオペラシティなどのコンサートホールもあれば、野外のコンサート会場のようなところもありました。さらには国立劇場などの公共施設やライブハウス、築地本願寺をはじめとする寺社など、本当に千差万別でした。

このように環境はさまざまでしたが、常に私が再現したかったのは音のリアリティではないかと思います。

例えば、以前に劇団の要請でガラスコップが割れる音を出すためだけのスピーカーを作ったことがあります。
ここで大切なのは「ガラスのコップが割れるというリアリティ」です。実際に計測数値がどれだけ近似値だとしても、聴く人がリアリティを感じなければ意味がありません。 会場の総てのお客さんが同じリアリティを感じるためには、その空間全体を意識した音響設計が必要になってきます。

演劇会場でのガラスコップの割れるリアリティ、お寺に流れる読経のリアリティ、クラブでグルーブする音楽のリアリティ。リアリティといってもその質はすべて違います。

私が、ただメーカーとしてスピーカーを販売するのではなく、依頼を受けたスペースごとの特性を考慮した音響設計という道を選んだのも、そうした音のリアリティを再現したかったからなのかもしれません。

「気が付けばKURE 5-56 はいつも身近に。」

考えてみれば、中学でマンドリンの音を聴いた時、あるいはそれ以前の無線に耳を傾けていた頃から、私の中には音のリアリティに対する想いがあったのだと思います。

ずっと一緒にいたと言えばKURE 5-56 も同様です。実家の鎌倉は海の近くですから、モノを作るにしても、道具がすぐにサビてしまいます。KURE 5-56 は、私がいろいろなモノを作り始めた時からずっと一緒にいたような気がします。

「64のスピーカーから64の音を出す究極の音場。」

チャレンジという意味では、私が今一番情熱を注いでいるのがサウンドクリエーターの宮本宰氏と一緒に取り組んでいる「シンフォキャンバス・音の森」という世界初の試みです。

マルチチャンネルで録音された64の異なる楽器の音を、360度の指向性を持つ64台のスピーカーで再生し、オーケストラやジャズのビッグバンドをそのまま再現するものです。
2チャンネルのステレオや5.1チャンネルのサラウンドにミキシングされた音ではなく、1つ1つの楽器を個別に収録し本来そこにある64の音をそのままその場所に再現します。

それは、スピーカーというより「いろいろな音を奏でる楽器」というほうが近く、オーケストラやビッグバンドを聴いているような臨場感を体験できます。
できれば、このシステムを常設した「音のミュージアム」を創り、音の基準を示したいと思っています。

田口明容
「一級建築士から、父のパートナーに転身。」

もともと私は音楽とはまったく縁の無い大工をやっていました。その後一念発起して一級建築士の資格まで取得したのですが、その直後に大病を患って現場に立つことができなくなってしまいました。
父の仕事は、子供の頃から近くで見ていましたから、仕事の内容はだいたい把握できていたのですが、手伝ってみるかと言われた時は戸惑いましたね。
それまで家などの建物を作っていたのが、手で持てるほどのスピーカーですから勝手がずいぶん違います。

ただ、それまで培ってきた木材加工の技術や木材の知識というのは、役に立てるのかなと思い、父の元で新しい一歩を歩み始めました。
父はこういう人である意味天才ですから、考えていることが私にはなかなか理解できないんですね。最初の頃は、ずいぶん無理難題を言われて頭を抱えていました。

でも最近は、父の考えていること、どうしたら正解にたどり着けるかなど、ようやく見えてきた気がします。 ヨーロッパの白樺の合板を素材として使ったり、その合板をさらに何層にも重ねて歪みを抑えたりエンクロージャーの強度を上げたりと、父と相談しながら作業を進めています。

「KURE 5-56 は、作業効率を向上させる必需品。」

KURE 5-56 は、今では父よりも私の方が必需品にしていますね。主に工具の管理に使っていますが、浸透性がいいので効きが早いです。ウチのスピーカーは手作りで大量に作りますから作業効率が重要で、効きが早いというのはとても大切なことなんです。私も父と同様、KURE 5-56 があれば安心ですね。

私の父は、天才であると同時にオンリーワンだと思っています。もちろん私にも真似のできない才能ですから、私としては父の考え方をどうやって残していくかがこれからの課題だと思っています。

Profile

田口和典

田口 和典(たぐち かずのり)
1947年 神奈川県鎌倉市生まれ。
1981年 音響設計・スピーカー製造会社を設立し、コンサート用・建築設備用スピーカーシステムの開発製造を始める。大~小建築空間や野外施設等多数の納入実績があり、近年は独自の音響技術を確立。
2006年 64Ch-64スピーカーによる「シンフォキャンバス・音の森」など気配や佇まいを大切にした、コンサートや特殊用途のスピーカーを開発実用化。
2010年 東京都江東区新木場に製作拠点を移し、引き続き精力的に製造・開発活動を行う。


田口 明容(たぐち めいゆ)
1972年 神奈川県鎌倉市生まれ。
1990年 県立大船工業技術高等学校卒業後、縁あって岡山県の地場工務店にて大工職の職人となる。戸建住宅、木造公共施設や小規模な神社仏閣の建築を通し木材加工技術とともに住宅設計を習得。
2004年 一級建築士資格を取得後、大病を患うものの、体調回復とともに父の元でスピーカー製造の道へ。

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