スペシャルインタビュー

今回はラリーレイドをはじめとして、世界のトップライダーから絶大な信頼を得ているバイクシートビルダーのプロフェッショナル野口英一さんです。

「目指しているのは、そこに座っていることさえ忘れるようなシート。」

「良いバイクシートの条件は何か」と聞かれることがあります。グリップ性の良いシート、乗り心地の良いシート、足つき性の良いシート・・・人それぞれ、いろいろな回答があるでしょうけれど、私の答えは「どの良さも感じさせないシート」です。

つまり“良さ”さえも意識させない、完全にその存在を忘れるようなシートが理想だと考えています。

チュニジアラリーを走る野口氏

例えば、長距離ラリーなどでは、全力で走るスペシャルステージに加えて、リエゾンと呼ばれる移動区間があります。このリエゾンがレースによっては1日700〜800キロになることもあり、ここでの体力消耗が次の日のスペシャルステージに大きな影響を及ぼします。
ここで必要とされるのは、乗った瞬間に柔らかさを感じる乗り心地の良いシートではなくて、シートの存在を忘れるほどの違和感の無さです。

街乗りのオンロード、オフロードバイクなどでも同じことが言えます。
強烈なブレーキングの時もがっしりとホールドするシートではなく、減速時も加速時も意識しなくても自然に体勢を保てるシート。信号で止まった時に、スッと足を伸ばして当たり前のように足が着くシート。優れた効果を乗り手に意識させない何気ない完成度が、結果的に乗りやすいんですね。

「新しい素材との出会いが、
新しいシートの可能性を広げます。」

ただ「何気ない」とは言いましたが、それを実際に作るとなると「何気なく」ではできません。
どういうシートにするのかというしっかりとした考えが無ければなりませんし、考えを具体化する非常に高い技術も必要です。さらに、さまざまな状況に対応する経験も大切です。

そして、もうひとつ加えるなら、素材ですね。

バイクのシートを構成するさまざまな素材。そうした素材に何を使うか、そしてどのように使うかが、理想のシートに近づくためには不可欠だと思います。

実は、私のところで作っているシートでは、一般的なバイクのシートでは使われない素材がずいぶん使われています。

あまり詳しくは言えないのですが、例えば、シートのクッション材に使っているのは、超大型テレビの液晶画面などの大型ガラス板を運搬する時の保護材がベースになっています。もちろん、それを活かすにはそれなりの技術も経験も必要です。

試行錯誤を繰り返して出来たシートを持ってアフリカのラリーに参戦し、その性能を自身で体感することで自分の目指すシートに近づけました。

できあがった物は従来のシートとはまったく別物の乗り心地を生み出しました。それが認められて、現在ホンダワークスのパリ・ダカールラリーのレース用マシンのシートにも採用されています。

さまざまな素材に興味を持って、さまざまなチャレンジをして、少しでも理想に近付きたいという考えは、ひとつには、何にでも興味を持ちたがる私の性格にあります。

山を登ったり、絵画を見に行ったり、およそバイクともシートとも関係の無いことをしていても、どこかにヒントがあるのではないかと、何にでも興味を持つんですね。

その性格のおかげで、「バイクのシートはこういう物」という変な先入観に縛られずに、いろんなチャレンジができるんです。

「突然襲ってきた荒波も
積極的にチャレンジして乗り越えてきた」

私が、父の会社である野口装美に入社したのは23歳の時です。
当時は、観光バスのシートの張り替えを主な業務とする会社でした。それに加えて、その頃どんどん増えていたカラオケボックスの椅子の製作なども行っていて、業績もそれなりに伸びていました。

ところが、入社後数年して突然、父が他界してしまいます。おまけに、バブルがはじけて観光バスもカラオケボックスも一気に下火になっていきました。 2代目として父の会社で働いていた私が、突然世間の荒波に投げ出されるかたちになりました。(笑)

どうしようなどと悩む余裕もなく、とにかく全速力で走り始めました。ミシンと張りの技術でやれることなら、なんでもやろうと考えたんです。
「やれますか?」と聞かれたことには、とりあえずすべて「やってみます」と答えて、それまで経験したことのないこと、できる確証のないことにも積極的にチャレンジしていきました。

それが結果的に野口装美という会社を再生することになりました。一般家庭用の椅子をはじめ、医療用の椅子、建設機械の椅子などあらゆる分野の椅子を手がけるだけでなく、工業機械のフィルターから戦闘機の保護カバーに至るまで、幅広い分野に対応する会社へと成長させてくれたのです。

さらに、あらゆる分野へのチャレンジはさまざまな素材との出会いも生んでくれました。
素材屋さんが「こんな素材があるけど」と持ってきてくれたのです。普通に椅子づくり、バイクシートづくりをしていたのでは、決して出会うことのない素材が、向こうからやってくるようになりました。

もちろん、私たちの手に負えない素材もたくさんあります。でも、そうした素材も独自に加工したり、使い方を工夫することで新しい可能性が見えてくるんです。
そして、バイクシートづくりで得た経験が今度は他の仕事に活かされています。

本来の野口装美の仕事から発展した、椅子関係を中心としたさまざまな仕事と、会社に入る前から私の中にあったバイクシートの仕事。今では両方の垣根を越えて、それぞれの現場で得た情報が、他の仕事とリンクし合って野口装美全体として成長していると感じています。

「昔からいつも一緒にいる。
それがKURE 5-56 という存在。」

いろいろなことにチャレンジはしていますが、やはり仕事として大切にしているのは、しっかりとした仕上がりの良さです。
「野口に任せておけば大丈夫」という信頼を得てこそ、いろいろなワガママも聞いていただけるし、チャレンジもさせていただけます。

そのために「椅子張り技能士1級」の認定を取得するなど、技術の向上は常に意識しています。
それと道具の管理ですね。ミシンやハサミなど、現場の道具には未だに鉄製のモノが多くあります。少しでも管理を怠るとサビが浮いてしまうので、KURE 5-56 は必需品です。

もともと父の仕事場にありましたから、プロの道具としてKURE 5-56 の信頼感は強いです。

それから、子供の頃から自転車やバイクを乗り回していて、整備や汚れ落としには必ずKURE 5-56 を使っていました。
ボロボロになった廃車バイクをもらってきて整備し直して乗っていたのですが、そんな時にネジひとつを外すにもKURE 5-56 は強い味方でしたね。
とにかく当時はKURE 5-56 しかありませんでしたからね。

今でも、防錆潤滑剤といえば無条件でKURE 5-56 です。オフロードバイクは傷ついて塗装がはげたりしてサビやすいので、直ぐに洗車できない時に一吹き、洗車後にも一吹きでサビやすい部分の防錆に役立っています。

「理想のシートに向けて、
さらにチャレンジを重ねていく。」

私がバイクのシートを作り始めた頃は、シートというものの機能性に目を向ける人が少なく、バイク雑誌の方とか専門家に話しても、なかなか分かってもらえませんでした。

しかしここ数年、デザインだけでなく機能性としてのオリジナルシートを理解してくださる方が増えて、ノグチシートも多くの人に知ってもらえるようになりました。

ただ、「存在を忘れさせるシート」という最終的な理想には、まだまだ辿り着いていないと思っています。
ノグチシートを指定してくださるトップライダーの方々も多くなりましたが、トップライダーだけに要求も厳しくなってきます。
そうしたトップライダーの皆さんの声にも的確に応えられるよう、さらにチャレンジを重ねて、いつか理想を実現したいと思っています。

Profile

野口英一

ノグチシート(野口装美)代表取締役 野口 英一(のぐち ひでかず)
1969 岐阜に生まれる

中学生の頃テレビで観たパリ・ダカールラリーの映像に魅せられ、以来ラリー(砂漠)をバイクで走ることを夢見て18歳からバイクに乗る

1992 オーストラリアンサファリにてクラス優勝
1995 モンゴルラリー出場
2012 トゥアレグラリー(モロッコ)出場 完走
2014 トゥアレグラリー(チュニジア)出場 完走
2016 ホンダレーシングの砂漠のテストにシートチューナーとして参加(アメリカ)

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