スペシャルインタビュー

今回は、腕時計のケースや文字盤をはじめ、ムーブメントのパーツひとつひとつにまで彫金を施すエングレーバー(彫金師)として世界から注目されている金川恵治さんです。

「自分の手から作品が生まれる。
それが一番の魅力です」

エングレービングの一例

私にとってウォッチエングレービングの一番の魅力は、自分の思い描いた装飾を、自分の手で彫り上げられることですね。

元々、手作業で細かいことをするのが好きで、そこから自分の作品が生まれていくことに喜びを感じていました。

エングレーバーになる前はイラストレーターとして、それなりに評価をしていただいていましたが、その時もコンピューターを使わずに自分の手で描いていました。ところが、イラストの世界もだんだんコンピューターで描くことが主流になってくると、手描きで仕事をすることが難しくなってきて、どうも自分が思っている仕事とは違ってきているように感じました。

そこで、イラストレーターとしては一区切りをつけて次に何をしようかと考えた時に思い至ったのが、ずっと趣味として親しんできた時計の世界でした。

イラストの仕事をしていた頃から時計そのものが好きで、壊れた時計の分解修理からはじまって、ムーブメントの組立、さらにはオリジナル時計の制作にまで手を出すようになりました。

時計の仕事に就こうと思った時も修理や組立の仕事を考えていたのですが、時計輸入商社を訪問した時に自分で制作したオリジナル時計を持って行ったら、そこに施したエングレービングが注目されて、エングレーバーをやってみないかと誘われたんです。

「技術から道具まで、
すべて独学で自分のものにしてきました」

実は、時計の修理はそれ以前にプロの先生から学んだことがありましたし、プロの修理の講習会にも出席して、それなりの情報を得ていたのですが、エングレービングに関しては、まったくの我流でした。

自分だけの趣味ならそれでも許されるでしょうが、プロとしてやっていくには当時の私の技術はとても未熟なものでした。だからといって、見渡してみても日本には師として頼れるような先人もいないし、結局、独学で情報を集めて技術を磨いていくしかありませんでした。

でも、不思議なもので、誰に教わったわけでもなく「こうするのが一番やりやすい」と思った技術は、結果的にスイスのエングレーバーと基本的に同じやり方になっていたんです。

むしろ困ったのは道具です。ビュランというエングレービング用の“刃物”を使いますが、これはエングレーバーによって刃先の形状が違います。機会があってスイスのエングレーバーに会った際に聞いてみましたが、具体的なことは何も教えてくれませんでした。

仕方なく試行錯誤を重ねてオリジナルのビュランを作ることになりました。後で知ったことですが、このオリジナルのビュランは、スイスの著名なエングレーバーのビュランと比べるとずいぶん違った形状になっているんです。ただ、今となってはこのビュランが私の作風のオリジナリティの基になっているのだと思っています。

オリジナリティということで言えば、私は時計エングレービングの基本である洋彫りだけでなく、日本独自の和彫りの技法をよく使います。
私の施す装飾に和風のものが多いからなのですが、和風の文様には和彫りの方が合っているように思います。
ただ、ここでもネックになったのが道具です。手の甲の力加減でビュランを押しながら描いていく洋彫りと、タガネをオタフク(金槌)で打ちながら描いていく和彫りでは彫り方が違いますから、洋彫り用のビュランは使えません。時計用の和彫りタガネというものも存在しませんから、ここでもまた試行錯誤して、タガネを含めてすべて自分でオリジナルの道具をつくることになりました。

「大切な道具を守る。
そのためにKURE5-56を使っています」

和彫りで使用するタガネ

私の使う彫りの道具は私自身が手作りした一点物です。しかも、この道具は作品の仕上がりを大きく左右する物ですから、当然、その管理には大変気を使います。
顕微鏡を見ながら作業するような、とても細かい彫金ですので、ちょっとしたサビも大きく影響するんです。

特に和彫りで使うタガネは、焼き入れのために炭素が多く含まれています。炭素が多いということは、錆びやすいということなんです。
ですから、KURE5-56は私にとっては必需品ですね。作業のたびにKURE5-56をちょっと吹きかけて、汚れを落とすとともに防錆処理をしています。

それから、彫りの道具だけでなく、その道具をつくる旋盤やフライス盤の管理にもKURE5-56は役立っています。刃先の微妙な形状を創り出すために、旋盤やフライス盤の動きを管理するのも重要なことですからね。

KURE5-56の良さは、防錆や潤滑の性能だけでなく、成分が安定していることですね。
子供の頃から使い慣れていますし、私自身、自転車にはよく使っていました。ですから、どこにどう使えばいいかを自分なりに理解しているつもりです。彫金には特殊な油も使いますが、油自体の成分も特殊なので成分のハッキリしない潤滑剤などは不安になります。
その点、KURE5-56は使い慣れていますから、安心して使えるんです。

「和のエングレービングを極めていきたい」

エングレービング(彫金)とは言っていますが、今は彫る装飾だけでなく、さまざまな技巧に挑戦しています。
特に、大きな図柄の中にとても細かい文様が描かれている和模様を再現するために、日本的な伝統工芸を積極的に取り入れていきたいと思っています。
今までは彫りを中心としてやってきましたが、煮上げの色出しや、象嵌、七宝の技法なども取り入れていきたいと思っています。

そういう意味では、エングレービングだけでなく、あらゆる技法を用いて時計というモチーフに独自のデザイン世界を築いていきたいと思っています。

Profile

金川恵治

K CRAFTWORK JAPAN Engraver 金川 恵治(かながわ けいじ)
1960年 長崎生まれ
1983年 美術学校卒業後、ゲームメーカーにイラストレーターとして入社
1985年 25歳の時に独立。世界的なエンターテイメントの仕事に携わる傍ら、趣味の機械式時計の世界に没頭し、自ら作り始める
2006年 海外時計の輸入商社に入社。海外の一流ブランドのウォッチエングレーバーとして従事。その後、独立して世界的なウォッチエングレーバーとして活躍
2016年 JR秋葉原高架下のモノづくりの街「2k540 AKI-OKA ARTISAN」に工房兼ショップ「K CRAFTWORK JAPAN」をオープン

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